「なんだか不思議な響きがする」
「聴いたことのない楽器の音がする」
ふと耳にした異国の音楽に、そんな風に心を惹かれた経験はありませんか?
「民族音楽」という言葉は知っていても、「私たちが普段聴いているJ-POPやクラシックと、いったい何が違うの?」と聞かれると、はっきりと答えられる人は少ないかもしれません。
この記事では、そんな素朴な疑問に答えるため、「民族音楽」の正体に迫ります。その定義から、私たちが「違う」と感じる理由、そして世界中に存在する魅力的な音楽まで、専門的な知見を基に、誰にでもわかるように紐解いていきます。
読み終わる頃には、あなたの音楽の世界がぐっと広がり、新しい音楽の扉を開きたくなっているはずです。
そもそも民族音楽とは?ポップスやクラシックとの根本的な違いを解説

まずは基本の「き」から始めましょう。「民族音楽」という言葉が何を指し、私たちが慣れ親しんだ音楽とどう違うのかを明らかにします。
一言でわかる!民族音楽は「その土地の暮らしと文化から生まれた音楽」
民族音楽とは、一言で表すなら「特定の民族や地域で、人々の暮らしや文化の中から自然に生まれ、受け継がれてきた音楽」のことです。
それは、プロの作曲家がヒットを目指して作る音楽とは異なり、日々の労働、お祭り、宗教的な儀式、冠婚葬祭といった、生活のあらゆる場面と深く結びついています。
もともと英語の「ethnic music」という言葉には、「異民族のエキゾチックな音楽」という、西洋中心的なニュアンスが含まれていました。しかし現在では、より広い意味で使われることが多くなっています。
クラシック音楽との違いは「作曲家の有無」と「演奏される場所」
クラシック音楽と民族音楽の大きな違いは、まず「特定の作曲家がいるかどうか」です。
クラシック音楽には、ベートーヴェンさんやモーツァルトさんのような、歴史に名を残す専門の作曲家が存在し、彼らが作った「作品」を楽譜に基づいて忠実に演奏します。そして、その音楽は主にコンサートホールなど、特別な場所で「鑑賞」されることを目的としています。
一方、多くの民族音楽には特定の作曲家がおらず、共同体の中で自然発生的に生まれました。そのため、演奏される場所もコンサートホールではなく、村の広場や家庭など、人々の生活空間そのものです。
ポップス(J-POPなど)との違いは「商業性」と「作られた目的」
では、J-POPなどのポピュラー音楽(ポップス)とは何が違うのでしょうか。
最大の違いは「商業性」と「作られた目的」にあります。ポップスは、レコード会社やプロデューサーが関わり、CD販売やストリーミング配信といった商業的な成功を大きな目的として作られます。そのため、多くの人に受け入れられるような、時代を反映したサウンドやキャッチーなメロディーが追求されます。
対して民族音楽は、もともと誰かに売るために作られたものではありません。共同体の絆を深めたり、神々への祈りを捧げたり、次の世代へ物語を伝えたりといった、生活に根ざした目的のために存在しているのです。
【最重要】「民族音楽」と「民俗音楽」の違いは何ですか?
ここで、非常によく似ていて混同されがちな「民俗音楽」という言葉との違いをはっきりさせておきましょう。これは最も重要なポイントです。
「民族音楽(ethnic music)」は、ある民族が持つ音楽文化全体を指す、非常に広い言葉です。これには、王様や貴族が楽しんだ宮廷音楽のような「芸術音楽」から、後で説明する「民俗音楽」、さらには現代のポップスまで、その民族に関わるあらゆる音楽が含まれる可能性があります。
一方で「民俗音楽(folk music)」は、その民族音楽という大きな枠組みの中の、一つのカテゴリーです。具体的には、主に一般の民衆の間で、特定の作者を持たず、楽譜などを使わずに口から口へと(口頭伝承で)受け継がれてきた音楽を指します。日本の「わらべうた」や「民謡」が、その代表例です。
つまり、「民俗音楽」は「民族音楽」の一部である、と覚えておくと分かりやすいでしょう。
「ワールドミュージック」という言葉は何を指すの?
1980年代になると、「ワールドミュージック」という言葉が音楽業界で使われるようになりました。
これは、イギリスのミュージシャンであるピーター・ガブリエルさんらが主宰したフェスティバルなどをきっかけに広まったもので、主に非西洋諸国のポピュラー音楽や、それらの要素を取り入れた新しい音楽を指す商業的なラベル(ジャンル名)として機能しています。
民族音楽が持つ学術的で伝統的な響きとは少し異なり、より広いリスナーに届けるための、市場向けの言葉と捉えることができます。
なぜ私たちは「違う」と感じる?民族音楽を特徴づける5つの要素

私たちが民族音楽を聴いたときに感じる「いつもの音楽と違う」という感覚。その正体はどこにあるのでしょうか。ここでは、民族音楽を特徴づける5つの要素を解説します。
特徴① 使われる楽器が違う:その土地ならではのユニークな楽器たち
最も分かりやすい違いは、使われる楽器でしょう。民族音楽の楽器は、その土地で手に入る自然の素材—木、竹、動物の皮、ひょうたん、乾燥したサボテンなど—から作られていることが多く、その形も音色も実にユニークです。
例えば、西アフリカの「ジェンベ」はヤギの皮を張った太鼓で、叩く場所によって多彩な音を出し、複雑なリズムの中核を担います。
インドの「シタール」は、多数の共鳴弦がもたらす豊かで持続的な響きが特徴的です。オーストラリアのアボリジニが使う「ディジュリドゥ」は、シロアリに食われて空洞になったユーカリの木から作られ、途切れることのない重低音を生み出します。
これらの楽器の音色は、その土地の自然環境や人々の世界観そのものを反映しているのです。
特徴② 音階やリズムが違う:西洋音楽のドレミに当てはまらない響き
私たちが慣れ親しんでいる音楽の多くは、「ドレミファソラシ」という7つの音で構成される音階(スケール)を基本にしています。
しかし、世界の音楽は遥かに多彩な音階を持っています。
日本の民謡で使われる「ヨナ抜き音階」のような5音でできたペンタトニックは世界中に広く分布していますし、インドネシアのガムラン音楽では、1オクターブをほぼ均等に5分割や7分割した、西洋のピアノでは再現できない独特の音階が使われます。
さらにアラブ音楽やインド音楽では、半音よりもさらに細かい「微分音」が旋律に微妙で豊かな表情を与えます。
リズムも同様です。西洋音楽の多くが4拍子などの単純な拍子を基礎とするのに対し、アフリカの音楽では、異なるリズムパターンが同時に演奏される「ポリリズム」によって、緻密でダイナミックなグルーヴが生まれます。
また、ブルガリアなどバルカン半島の音楽では、2拍と3拍を組み合わせた「変拍子」が、躍動感あふれる独特のリズムを作り出しています。
特徴③ 歌い方(発声法)が違う:喉の使い方や独特なこぶし
歌声もまた、民族音楽の大きな特徴です。モンゴルには、一人の人間が同時に低い声と笛のような高い声の二つの声を出す「ホーミー」という驚異的な歌唱法があります。これは広大な草原で声を遠くまで届かせるための知恵から生まれました。
また、ブルガリアの女性コーラスの、地声で鋭く突き刺すような力強い歌声や、アルプス地方の「ヨーデル」のように地声と裏声を素早く切り替える歌い方など、各地域にはその文化ならではの独特な発声法が受け継がれています。これらは、私たちの耳には非常に新鮮で力強く響きます。
特徴④ 音楽の役割が違う:儀式、労働、祭りなど生活との強い結びつき
前述の通り、民族音楽は単なる娯楽や芸術鑑賞のためだけのものではありません。その多くは、人々の生活と分かちがたく結びついています。
ジンバブエのショナ族は、「ムビラ」(親指ピアノ)を演奏することでトランス状態に入り、祖先の霊と交信するための儀式を行います。
また、オーストラリアのアボリジニは、「ソングライン」と呼ばれる歌を歌うことで、広大な土地の神聖な地理を理解し、祖先とのつながりを再確認します。歌が地図であり、歴史書なのです。
このように、音楽が神々や見えない世界と対話するための「技術」として、あるいは共同体の秩序を維持するための「機能」として存在している点は、現代のポピュラー音楽との決定的な違いと言えるでしょう。
特徴⑤ 受け継がれ方が違う:楽譜ではなく耳と記憶で伝承される
クラシック音楽が楽譜によって正確に後世に伝えられるのに対し、多くの民族音楽、特に民俗音楽は楽譜を使いません。親から子へ、師匠から弟子へと、耳で聴いて覚える「口頭伝承」によって受け継がれていきます。
アイルランドのパブでは、演奏家たちが楽譜なしに膨大な数の曲を記憶し、互いの合図を頼りに即興的に演奏する「セッション」が日常的に行われています。
楽譜という固定された設計図がないため、音楽は伝えられる過程で少しずつ変化していきます。それはまるで生き物のように、時代や人々の心に合わせてその姿を変えながら、何世代にもわたって生き続けるのです。
【地域別】どんな音楽があるの?有名な民族音楽を聴いてみよう

世界にはどのような民族音楽があるのでしょうか。ここでは、各地域の代表的な音楽をいくつかご紹介します。これをきっかけに、ぜひ実際の音に触れてみてください。
アジアの有名な民族音楽:ガムラン(インドネシア)、ホーミー(モンゴル)など
アジアは広大で多様な音楽の宝庫です。
インドネシアの「ガムラン」は、青銅製のゴングや鍵盤打楽器が織りなす、神秘的で壮麗なオーケストラです。意図的にわずかにずらして調律された楽器が生み出す音の「うなり」が、独特の響きを生み出します。
モンゴルの「ホーミー」は、前述の通り一人が同時に二つの声を出す驚きの歌唱法で、草原の風景が目に浮かぶようです。
ヨーロッパの有名な民族音楽:フラメンコ(スペイン)、ヨーデル(アルプス地方)など
ヨーロッパにも、クラシック音楽とは異なる豊かな音楽文化が根付いています。
スペイン南部アンダルシア地方の「フラメンコ」は、情熱的な歌とギター、そして力強い踊りが一体となった総合芸術です。
スイスやオーストリアのアルプス地方で知られる「ヨーデル」は、地声と裏声を行き来する独特の歌唱法が特徴で、山々にこだまするような響きが魅力的です。
アフリカの有名な民族音楽:ジャンベが活躍する西アフリカの音楽など
アフリカ大陸、特にサハラ砂漠以南の地域は「リズムの宝庫」です。西アフリカの音楽では、太鼓「ジェンベ」を中心としたアンサンブルが、複数のリズムが複雑に絡み合う「ポリリズム」を生み出します。そのグルーヴは、聴いているだけで体が動き出すような、生命力に満ち溢れています。
南北アメリカの有名な民族音楽:フォルクローレ(アンデス)、カントリー(アメリカ)など
南米アンデス地方の「フォルクローレ」は、先住民の音楽にスペインの要素が混じり合って生まれました。葦の縦笛「ケーナ」や小型ギター「チャランゴ」が奏でる、どこか哀愁を帯びたメロディーが心に響きます。
また、意外に思われるかもしれませんが、アメリカの「カントリーミュージック」も、そのルーツにはアイルランドなどからの移民がもたらした民俗音楽が深く関わっています。
オセアニアの有名な民族音楽:ハカ(ニュージーランド)など
太平洋の島々にも独自の音楽文化が息づいています。
ハワイの優雅な踊りで知られる「フラ」に伴奏される音楽は、心地よいリズムと柔らかな歌声が特徴です。
ニュージーランドの先住民マオリ族の「ハカ」は、ラグビーの試合前に行われることで有名ですが、本来は戦いの前に士気を鼓舞し、相手を威嚇するための力強い舞踊と歌です。
民族音楽のことがもっとわかる!初心者のためのQ&A

最後に、民族音楽についてよくある質問にお答えします。
日本にも民族音楽はあるの?
もちろんです。日本は豊かな民族音楽を持つ国です。宮廷音楽として伝わった「雅楽」、武家社会で育まれた「能楽」、そして庶民の間で歌い継がれてきた各地の「民謡」や「わらべうた」は、すべて日本の民族音楽(その中でも特に民俗音楽)です。
沖縄の「琉球音楽」や、アイヌの人々に伝わる歌と踊りも、日本が誇るべき独自の音楽文化です。
初心者におすすめの聴きやすい民族音楽はありますか?
何から聴いていいかわからないという方には、メロディーが美しく、私たちの耳にも馴染みやすいアイルランドやスコットランドのケルト音楽がおすすめです。
ヴァイオリン(フィドル)や笛の音色が心地よく、多くの人がどこかで聴いたことがあると感じるかもしれません。
また、ハワイの「ハワイアンミュージック」や、アンデス地方の「フォルクローレ」も、その親しみやすい旋律から入門編として最適です。
民族音楽はどこで聴ける?おすすめのCDや配信サービスは?
多くの民族音楽は、CDショップの「ワールドミュージック」のコーナーで見つけることができます。
また、Apple MusicやSpotifyといった主要な音楽ストリーミングサービス(サブスクリプションサービス)でも、「ワールド」というジャンルで数多くの楽曲を聴くことが可能です。
「ガムラン」「ケルト」「フォルクローレ」のように具体的なジャンル名で検索したり、「ブラジル 音楽」「インド 音楽」のように国名で検索したりするのも良い方法です。
参考情報
この記事で紹介した内容についてさらに深く知りたい方は、以下のウェブサイトが参考になります。世界中の文化や音楽について学術的な視点から知るには、国立民族学博物館のウェブサイトが豊富な情報を提供しています。
また、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)は、保護すべき世界の無形文化遺産として多くの音楽や芸能をリストアップしており、その公式サイトでは各文化の詳細を確認できます。
より広い定義や歴史的な背景については、オンライン百科事典のWikipediaにある「民族音楽」や「ワールド・ミュージック」の項目も、理解を深めるための第一歩として役立つでしょう。
免責事項
本記事は、公開時点での信頼できる情報源に基づき作成されていますが、その正確性、完全性を保証するものではありません。特定の音楽ジャンルや文化に関する解釈は、研究者や立場によって異なる場合があります。
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