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ピアノには白鍵と黒鍵を合わせて88個の鍵盤があります。「どうして100鍵ではなく88鍵なのだろう」「昔のピアノも同じだったのだろうか」と疑問に思ったことはないでしょうか。
現在のピアノが88鍵なのは、最初から88という数が決められていたからではありません。ピアノ音楽の発展とともに、作曲家や演奏家がより広い音域を求めた結果、鍵盤が少しずつ増えて現在の形になりました。
初期のピアノは現在よりずっと音域が狭く、18世紀から19世紀にかけて61鍵、82鍵と広がっていきます。19世紀末には現在と同じ88鍵の形が成立し、その後、一般的なピアノの標準として定着しました。
ここからは、なぜ鍵盤が増えていったのか、そしてなぜ88鍵付近で落ち着いたのかを、ピアノの歴史と音の仕組みから見ていきます。
ピアノが88鍵なのは必要な音域が少しずつ広がった結果
88という数字だけを見ると、何か特別な音楽理論上の決まりがあるように感じるかもしれません。しかし、現在の鍵盤数は長い改良の歴史の中でできあがったものです。
88という数字が最初から決められていたわけではない
ピアノが誕生した当初から「将来は88鍵にしよう」と設計されていたわけではありません。
音楽が発展すると、それまでより低い音や高い音を使いたいという要求が生まれます。ピアノ製作側もそれに応える形で音域を拡張し、鍵盤を増やしていきました。
同時に、19世紀にはピアノ本体の構造も大きく発達しました。大きな音量を出すために弦の張力が高まり、それを支える頑丈なフレームが使われるようになります。演奏技術だけでなく、楽器を作る技術の進歩も、より広い音域を備えたピアノを実現する土台になりました。
そのため、88鍵は「音楽理論から計算して決められた数字」というより、演奏表現と楽器製作の発展を重ねた結果として定着した鍵盤数と考えると分かりやすいでしょう。
88鍵は7オクターブと1/4の音域をカバーする
一般的な88鍵ピアノには、白鍵が52鍵、黒鍵が36鍵あります。
最低音のラから最高音のドまで、音域は7オクターブと1/4です。A=440Hzを基準とする場合、最低音の基音は27.5Hz、最高音は約4,186Hzになります。
1オクターブには白鍵7個と黒鍵5個に相当する12の音があります。同じ並びを繰り返しながら音が高くなっていくため、長い鍵盤を見ても「黒鍵2つ・黒鍵3つ」というまとまりが何度も現れます。
黒鍵がなぜ2つと3つに分かれているのかは、ピアノの黒鍵はなぜ2つと3つに分かれている?白鍵との違いと役割をやさしく解説で詳しく解説しています。
ピアノの鍵盤は54鍵から88鍵へ増えていった
現在のピアノだけを見ていると、88鍵が昔から当たり前だったように感じます。しかし、ピアノの約300年にわたる歴史を見ると、鍵盤は段階的に増えてきたことが分かります。
| 時代 | 主な鍵盤数・音域 | 変化 |
|---|---|---|
| ピアノ誕生期 | 54鍵 | 現在よりかなり狭い音域 |
| 18世紀末ごろ | 61鍵・5オクターブ | 標準的な音域が拡大 |
| ショパン・リストの時代 | 82鍵まで拡大 | 低音・高音を使った表現が広がる |
| 19世紀末 | 88鍵・7オクターブ1/4 | 現在と同じ鍵盤構成が成立 |
| 第一次世界大戦後 | 88鍵 | 一般的な標準として定着 |
クリストフォリの初期ピアノは54鍵だった
ピアノの発明者として知られるのが、イタリアの楽器製作者バルトロメオ・クリストフォリです。17世紀末から18世紀初頭にかけて、弦をハンマーでたたくことで強弱を表現できる新しい鍵盤楽器を生み出しました。
ニューヨークのメトロポリタン美術館に残る1720年製のクリストフォリ・ピアノは54鍵です。同館は、現存するクリストフォリ製ピアノ3台のうち最古のものとしています。
現在の88鍵と比べると34鍵も少なく、当時のピアノが現在より限られた音域から出発したことが分かります。実物についてはメトロポリタン美術館のクリストフォリ・ピアノでも確認できます。
18世紀末には61鍵が標準になった
その後、ピアノ音楽の発展とともに音域は広がります。
ヤマハのピアノ史の解説では、18世紀の終わりごろまでは5オクターブ・61鍵が標準だったとされています。
61鍵なら、現在の88鍵より27鍵少ないことになります。モーツァルトの時代と、後のショパンやリストの時代では、演奏家が使える音域そのものが違っていたわけです。
ショパン・リストの時代には82鍵まで拡大した
1800年を過ぎると、ピアノの音域はさらに広がっていきます。
ヤマハは、ショパンやリストが活躍した19世紀には82鍵まで音域が拡大したと説明しています。特にリストは、広がった音域と大きくなった音量を積極的に演奏表現へ取り入れた作曲家の一人です。
ここで注意したいのは、その時代に作られたすべてのピアノが一律に82鍵だったという意味ではないことです。メーカーや製作年代によって仕様には違いがありました。
重要なのは、18世紀末の5オクターブ程度のピアノから、19世紀を通してより低い音と高い音を演奏できる方向へ音域が拡張されていったことです。
19世紀末に88鍵の形が成立し、その後標準化した
こうした音域拡大を経て、ヤマハによると1890年代には現在と同じ88鍵・7オクターブ1/4の鍵盤が成立しました。
一方、同社のピアノ史では「第一次大戦後は88鍵が標準になった」と説明されています。
これは矛盾ではありません。19世紀末に現在と同じ88鍵の形が成立し、その後20世紀に入って標準的な仕様として広く定着していったと考えれば、時代の流れを理解しやすくなります。
「○年に突然すべてのピアノが88鍵へ変わった」という出来事があったのではなく、メーカーや楽器ごとの差を残しながら、現在の標準へ近づいていきました。
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なぜピアノの鍵盤は88鍵より増えなくなったのか
音域を広げるために鍵盤が増えてきたのなら、「そのまま100鍵、120鍵と増やせばいいのでは?」と思うかもしれません。
しかし、鍵盤を増やせば増やすほど便利になるわけではありません。一般的なピアノでは、88鍵ですでに非常に広い音域を確保できています。
さらに高い音・低い音を増やしても音楽的な利点が小さくなる
88鍵の最低音は基音が27.5Hz、最高音は約4,186Hzです。ここからさらに鍵盤を外側へ増やすと、低音側では非常に低い振動になり、高音側では音の高さをはっきり感じにくい領域へ進んでいきます。
ヤマハは、88鍵よりさらに音域を拡張しても、極端な低音はうなりのように感じやすく、高音側も音程感が弱くなるため、一般的な音楽用途では得られる利点が小さいと説明しています。
鍵盤を追加するには、その音を出す弦なども必要です。特に低音側を広げた大型ピアノを見ると、追加された低音弦や大きな響板が音響面でも重要な役割を持っていることが分かります。
人間の可聴域と「音程として使いやすい範囲」は同じではない
ここで、「人間は4,000Hz程度までしか聞こえないから88鍵なのだ」と考えるのは正確ではありません。
一般に人間の可聴域は約20Hz~20,000Hzとされ、88鍵ピアノの最高音よりさらに高い周波数の音も聞くことができます。
ただし、「音が聞こえること」と「音楽的な高さとして明確に感じられること」は別です。ヤマハも、可聴域そのものと、音程として聞き分けられる範囲を分けて説明しています。
また、ピアノの音は一つの周波数だけでできているわけではありません。鍵盤を弾くと基音に加えてさまざまな倍音が含まれるため、最低音の基音だけを見て「この周波数以下なら聞こえない」と単純に線を引くこともできません。
88鍵になった理由を人間の聴覚だけで説明するのではなく、楽器として使いやすい音域、音楽表現、ピアノの発達が組み合わさって現在の標準になったと捉えるのが適切です。
88鍵で一般的なピアノ音楽に十分広い音域を確保できる
88鍵という音域は、低音から高音まで7オクターブ以上あります。
現在では多くのピアノがこの範囲を基準に作られ、演奏・教育・楽曲の世界でも88鍵が一般的なピアノの仕様として定着しています。
それより外側の音がまったく使えないわけではありませんが、必要になる場面は限られます。ほとんどの用途で対応できる十分な広さを持っていることが、88鍵が長く標準として使われている大きな理由です。
88鍵はピアノの物理的な限界ではない
「88鍵より増やしても意味がない」と聞くと、89鍵以上のピアノは作れないようにも感じます。しかし、実際には88鍵を超えるピアノが存在します。
88鍵を超える97鍵などのピアノも存在する
代表的な例が、オーストリアのピアノメーカー、ベーゼンドルファーの「コンサートグランド290インペリアル」です。
ベーゼンドルファー公式サイトによると、このモデルは97鍵・完全8オクターブを備えています。通常の88鍵より低音側に9鍵多い構成です。
同社には92鍵のモデルもあり、88鍵が技術的な上限ではないことが分かります。ブゾーニやバルトーク、ラヴェルなど、一部の作品では拡張された低音域が実際に使われます。
さらに、追加された低音弦は、その鍵そのものを弾くだけでなく、ほかの音を弾いたときに共鳴し、楽器全体の響きを豊かにする役割も持っています。
88鍵は「最大数」ではなく一般的な標準と考えると分かりやすい
97鍵のピアノが存在することからも、88鍵はピアノという楽器の物理的な限界ではありません。
88鍵は「これ以上作れない数」ではなく、一般的なピアノに必要な音域を十分に備えた標準的な数です。
特殊な作品や音響効果を求める場合には88鍵を超えるピアノにも意味があります。一方、そうした拡張音域を必要としない演奏では、88鍵で幅広い楽曲に対応できます。
この違いを押さえておくと、「88鍵より増やせない」のではなく、「通常のピアノでは88鍵より増やす必要性が小さい」と理解できます。
61鍵や76鍵のキーボードがあるのはなぜ?
ピアノ売り場や電子楽器を見ていると、88鍵だけでなく61鍵や76鍵などのキーボードもあります。
これは「ピアノの標準が61鍵や76鍵へ変わった」という意味ではありません。電子キーボードや電子ピアノでは、用途に合わせて鍵盤数の異なる製品を作れるためです。
電子鍵盤楽器では用途によって鍵盤数を減らせる
88鍵が必要になるのは、ピアノ本来の広い音域をそのまま演奏したい場合です。
一方、限られた音域で演奏する用途なら、必ずしも88個すべての鍵盤が必要とは限りません。鍵盤数を少なくすれば、本体を小さくしやすく、持ち運びや設置もしやすくなります。
そのため電子鍵盤楽器には、61鍵、76鍵、88鍵など、目的の異なる製品があります。鍵盤数が少ないから楽器として間違っているわけではなく、想定している使い方が違います。
88鍵の理由と「何鍵を買うべきか」は別の問題
88鍵が標準になった歴史と、自分に必要な鍵盤数を選ぶことは分けて考える必要があります。
クラシックピアノの曲を幅広く演奏し、低音から高音まで原曲どおりの音域を使いたいなら、88鍵は対応しやすい選択です。一方、演奏する曲や用途によっては、61鍵や76鍵でも必要な範囲をカバーできる場合があります。
ピアノが54鍵から始まり、61鍵、82鍵へと広がり、現在の88鍵に至った歴史を見ると、鍵盤の数は単なる数字ではありません。より広い音域を使って音楽を表現したいという要求に、楽器製作の技術が応え続けた結果が、現在目にする88鍵のピアノです。
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