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納豆を箸で持ち上げると、豆と豆の間から細い糸が何本も伸びてきます。少し混ぜただけでもネバネバするため、「大豆なのに、なぜこんなに糸を引くの?」と不思議に感じることもあるでしょう。
納豆が糸を引くのは、納豆菌が発酵の過程で「ポリグルタミン酸」と「フラクタン」という粘り成分を作るためです。特にポリグルタミン酸が、納豆特有の強い粘りと糸引きの中心的な役割を担っています。
ただし、「ネバネバする」と「長い糸になる」はまったく同じ意味ではありません。納豆菌がどのように粘りを作り、その粘りがなぜ細い糸として伸びるのか、順番に見ていきましょう。
納豆が糸を引くのは納豆菌が粘り成分を作るから
納豆のネバネバは、もともと大豆の表面についているものではありません。煮たり蒸したりした大豆に納豆菌が増え、発酵する過程で作り出されます。
納豆菌が大豆を発酵させる過程でネバネバが生まれる
納豆菌は、大豆に含まれている成分を利用しながら増殖します。その過程で大豆のタンパク質などを分解したり、別の物質へ作り替えたりすることで、納豆特有の味や香り、粘りが生まれます。
このように、微生物の働きによって食品の成分や風味が変化するのが発酵です。納豆だけでなく、味噌やヨーグルトなども微生物の働きを利用して作られています。発酵そのものについては、発酵食品の仕組みを解説した記事でも紹介しています。
タカノフーズの納豆ができる仕組みの解説でも、納豆菌が大豆の成分を分解・合成することで、味や粘りが生まれると説明されています。
粘りの正体はγ-ポリグルタミン酸とフラクタン
納豆の粘りを作っている代表的な成分が、γ-ポリグルタミン酸(γ-PGA)とフラクタンです。日常的な説明では「ポリグルタミン酸」と呼ばれることが多いため、ここからはポリグルタミン酸と表記します。
| 成分 | もとになる物質 | 粘りでの主な役割 |
|---|---|---|
| ポリグルタミン酸 | グルタミン酸 | 強い粘りや糸引きの中心 |
| フラクタン | フルクトース | 粘りを安定させる |
ポリグルタミン酸は、アミノ酸の一種であるグルタミン酸が多数つながった高分子です。一方のフラクタンは、糖の一種であるフルクトースが多数つながった物質です。
タカノフーズの「ネバネバの正体」では、ポリグルタミン酸とフラクタンが納豆の粘りを構成し、フラクタンにはネバネバを安定させる役割があると説明されています。
古くから行われてきた納豆粘質物の研究でも、粘質物からグルタミン酸のポリペプチドとフラクタンが確認されています。納豆の糸は、単一の「ぬるぬるした物質」ではなく、発酵によって作られた高分子を含む粘質物なのです。
ネバネバが細く長い糸になる仕組み
水あめやソースのように粘りがある食品でも、納豆ほど細い糸が長く伸びるとは限りません。納豆には、粘るだけでなく「引っ張ると糸になる」という特徴があります。
γ-ポリグルタミン酸はグルタミン酸が長くつながった高分子
ポリグルタミン酸をイメージするときは、1個ずつのグルタミン酸が短くバラバラに存在するのではなく、たくさん連なって長い分子になっていると考えると分かりやすくなります。
こうした長い分子を含む粘質物を箸で引っ張ると、すぐに水滴のように切れて落ちるのではなく、細く引き延ばされます。これが、納豆を持ち上げたときに見える長い糸につながります。
専門的には、液体を引っ張ったときに糸状に伸びる性質を「曳糸性(えいしせい)」と呼びます。納豆粘質物を調べた研究では、ポリグルタミン酸を主成分とする粘質物の性質と、糸を引く力との関係が調べられています。
そのため、「ポリグルタミン酸という名前の成分が糸そのものとして入っている」というより、ポリグルタミン酸を中心とする粘質物が、引っ張られることで細長い液体の糸になると考えるほうが実際の現象に近いでしょう。
フラクタンが粘りを安定させる
納豆の糸引きではポリグルタミン酸が目立ちますが、フラクタンも無視できません。
フラクタンは糖が連なってできた多糖の一種で、タカノフーズでは納豆のネバネバを安定させる役割があると説明しています。過去の納豆粘質物の研究でも、ポリグルタミン酸だけでなくフラクタンを含む状態で強い曳糸性が見られることが報告されています。
つまり、納豆の糸を「ポリグルタミン酸だけの働き」と単純化するより、ポリグルタミン酸が糸引きの中心となり、フラクタンなどを含む粘質物全体が独特のネバネバを作っていると理解するとよいでしょう。
大豆は強い糸を作る材料に向いている
では、なぜ納豆には大豆が使われているのでしょうか。
納豆菌は大豆以外の豆や穀物でも増えることがあります。しかし、大豆はタンパク質を多く含んでいるため、発酵によってグルタミン酸などが生まれやすく、強い糸やうま味につながります。
タカノフーズも大豆を使う理由について、とうもろこしやグリーンピースなどに比べ、大豆はタンパク質が多く、糸やうま味のもとになるグルタミン酸ができやすいと説明しています。
私たちが普段食べている納豆の強い糸引きは、納豆菌だけでなく、その材料となる大豆の性質とも関係しているのです。
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納豆の粘りは「ムチン」やナットウキナーゼではない
納豆のネバネバについて調べていると、「ムチン」や「ナットウキナーゼ」という名前を見かけることがあります。しかし、これらを納豆の粘りそのものと考えるのは正確ではありません。
「ネバネバ=ムチン」という説明は現在では適切ではない
以前は、納豆や山芋、オクラなどのネバネバした物質をまとめて「ムチン」と説明する例がありました。
しかし、現在の科学的な分類ではこの説明は適切ではありません。日本食品科学工学会は、過去の「ムチン」の用語解説について、従来の「動植物より分泌される粘質物一般」という説明を「動物より分泌される粘質物一般」へ訂正しています。
詳しくは、日本食品科学工学会の「食品工業辞典の用語解説の訂正について」で確認できます。
納豆については、粘質物の構成成分としてポリグルタミン酸やフラクタンが確認されているため、「納豆のネバネバの正体はムチン」と説明するのではなく、ポリグルタミン酸とフラクタンを中心に説明するのが適切です。
グルタミン酸・ポリグルタミン酸・ナットウキナーゼは別のもの
名前が似ていたり、すべて納豆に関係していたりするため混同しやすいのが、グルタミン酸、ポリグルタミン酸、ナットウキナーゼです。
- グルタミン酸:アミノ酸の一種で、うま味に関係する
- ポリグルタミン酸:グルタミン酸が多数つながった高分子で、納豆の粘り・糸引きに深く関係する
- ナットウキナーゼ:納豆菌の発酵過程で作られるタンパク質分解酵素
グルタミン酸についてさらに知りたい場合は、うま味とグルタミン酸の関係を解説した記事も参考になります。
ナットウキナーゼは納豆のネバネバ部分にも存在しますが、だからといって「ナットウキナーゼがネバネバそのもの」という意味ではありません。粘りの構造を説明するときの中心はポリグルタミン酸とフラクタンです。
納豆を混ぜると粘りが強くなるように見えるのはなぜ?
パックを開けた直後より、箸でしばらく混ぜた後のほうが白っぽく、ふわっとした強い粘りに見えます。
ただし、混ぜた瞬間に新しい粘り成分が大量に作られているわけではありません。食べる前の納豆には、発酵によって作られた粘質物がすでに存在しています。
混ぜると粘り成分が広がり空気を含む
箸で納豆を混ぜると、豆の表面にある粘質物が引き延ばされながら豆どうしの間へ広がり、細かな糸が増えて見えるようになります。
さらに粘りが空気を取り込むため、全体が白っぽくふんわりとした状態になります。ミツカンも、納豆を混ぜていくと粘りが空気を含み、ふんわりした食感やマイルドさを感じられると説明しています。
この変化は主に粘りの状態や食感の変化です。「混ぜた分だけポリグルタミン酸が新しく増殖している」と考える必要はありません。
たくさん混ぜても栄養価が大きく増えるわけではない
「納豆は何百回も混ぜると栄養価が高くなる」と聞いたことがあるかもしれません。
しかし、ミツカンの納豆を混ぜる回数に関するQ&Aでは、同社が確認した範囲で、混ぜる回数によって栄養価が大きく影響を受けることはなかったとしています。
混ぜる回数に「栄養面での正解」を求めるより、粘りや口当たりの好みで調整して構いません。軽く混ぜた納豆と、しっかり混ぜて空気を含ませた納豆では食感が変わるため、自分が食べやすい状態にするのが実用的です。
糸を引かない・粘りが弱い納豆はなぜ?
普段より納豆の糸が少ないと、「発酵していないのでは?」「腐っているのでは?」と不安になることがあります。
ここでは、市販の納豆と手作り納豆を分けて考える必要があります。
市販納豆は発酵が進みすぎると糸引きが弱くなることがある
市販の納豆は、製造後に納豆菌の働きが完全に止まっているわけではありません。温度が上がると再び納豆菌の活動が活発になり、発酵が進んで品質が変化する場合があります。
ミツカンは納豆について、冷蔵庫の10℃以下で保存し、賞味期限内に食べるよう案内しています。10℃を超える状態で保存すると発酵が進み、粘りが弱くなる、豆の色が濃くなる、刺激臭が出る、チロシンが析出してジャリジャリした食感になる、といった変化が起こる場合があります。
保存については、ミツカンの「納豆は冷蔵庫に保存しなければいけないのですか?」でも確認できます。
冷蔵庫に入れ忘れた納豆を、単に「発酵食品だから常温でも大丈夫」と判断するのは避けましょう。市販品はパッケージに記載された保存方法を守ることが基本です。
「糸を引かない=腐っている」とは一概に判断できない
糸引きが弱くなる原因は一つではないため、糸の量だけで安全性を判断することはできません。
たとえば市販納豆では、賞味期限を過ぎて品質が変化した場合にも糸が引きにくくなることがあります。一方で、「糸が弱いから必ず腐敗している」「においが普通だから必ず食べられる」といった判断も適切ではありません。
未開封かどうか、保存温度、賞味期限、パッケージの保存方法などを確認し、異常がある場合は無理に食べないようにしてください。食品の安全性は、粘りだけでは判断しないことが大切です。
手作り納豆で糸が出ない場合は発酵不良として扱う
自宅で作った納豆の場合は、市販納豆とは考え方が異なります。
タカノフーズの手作り納豆の解説では、豆の表面が白くなり、糸を引く状態を発酵の目安としています。そして、糸を引いていない場合は発酵不良の可能性があるため、食べずに処分するよう案内しています。
家庭での発酵食品作りでは、納豆菌以外の微生物が混入する可能性もあります。見た目やにおいだけで自己判断せず、衛生管理や発酵条件に失敗した可能性があるものは食べないほうが安全です。
納豆のあの長い糸は、単なる大豆のぬめりではありません。納豆菌が大豆を発酵させ、ポリグルタミン酸とフラクタンを中心とする粘質物を作ることで生まれる、発酵ならではの性質です。
箸で持ち上げたときに何本もの糸が伸びるのは、納豆菌が働いた結果が目に見える形で現れているともいえます。普段何気なく混ぜている納豆も、粘りの正体を知ると、発酵によって起きている変化が少し違って見えてくるのではないでしょうか。
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